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季刊 しずおか美食紀行
味な訪問記 待月楼photo
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待月楼をたずねて
photo (松島)とても風情のある佇まいの待月楼ですが、創業はどれくらいからなのですか?

(八木)大正時代にここの先々代が受け継ぎ、現在に至ります。
今は静岡市ですが、戦前この辺りは長田村といわれていて、その村の村長などが、村の祭りを行う場所を設ける意味で会員制のクラブをここに作ったのが始まりなんです。
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(松島)では80年の歴史があって、ずっとその会員制のクラブを経営されていらっしゃったのですか?

(八木)いいえ。会員制のクラブをやっていたのは80年よりも前の話でして、その後に、ここで店を開いたのです。
以前は旅館もしていたのですが、この静岡という街自体が観光向けではないので、旅館というスタイルよりも料理屋の方がどんなお客様にも気軽にご利用して頂けるのではないか?ということで、20年程前からは料理屋として経営しております。
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(松島) 本日は、素晴らしいお料理を堪能させて頂きましたが、八木さんは、お料理の修行はどちらでやられたんですか?

(八木)大阪にございます「吉兆」という料亭で修行しておりました。

(松島)そうなんですか。だから、絵に描いたようにお料理がとてもきれいなんですね。どのお料理も味はもちろんのこと、見た目に美しく、色々な工夫がされていて、とても楽しめました。
八木章夫photo
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(八木)日本料理は西洋料理や中華料理と比べて見た目の違いはもちろんですが、大きな違いとしては、油をあまり使わないことなんです。まぁ、揚げ物は別ですけれど…(笑)。調理に使用する油は、西洋料理、中華料理は主としてバターなのですが、日本料理はカツオや、昆布などのダシ汁をベースに調味料で味に濃淡をつける手法なので、素材ひとつで味が変化する繊細な料理なんですよ。

(松島)では、その“素材”となるものは日本料理では最も重要な存在なのですね。
静岡は、海も近いし新鮮なお魚も豊富に揃っているので、その点ではとても恵まれているのではないですか?


(八木)そうですね。しかし、素材を活かすがゆえにいつも同じ献立を提供できる訳ではないんですよ。
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photo (松島)材料が同じでもその素材自体で味は変わってくるということですよね? ということは、ひとつひとつの料理が本来、八木さんが考えていた完璧な完成品と若干変ってくるのでしょうか?

(八木)
そうですねぇ。完璧という表現よりも、あくまで素材の味を生かした手法で、本来はその中で遊んでしまうと言うか…。料理人として一番いいと思える味を表現することが大切だと思っているんです。
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(松島)では、献立を考える時はどのようなことを条件にするのですか?

(八木)日本料理には2つのメインディッシュがあるんです。
最初のメインが椀(煮物)で、その次に刺身などがあるのですが、フランス料理でいえば肉料理や魚料理ですね。フランス料理では、前菜そしてメインディッシュ…のようにそれぞれの料理を独立させてサービスしますが、日本料理では、前後にメインとなる料理を引き立たせるものを用意しますので、華やかなご馳走を並べるというよりは、料理全体でバランスを考えることが大事なんですよ。

(松島)なるほど。フランス料理と違って、日本料理のコースはトータルでバランスが保たれていないと、引き締まった印象にならないですよね。
ところで、今のお話にあった椀さしというのは何のことですか?お椀の“椀”ですよねぇ?


(八木)その通りです。でも、汁物の椀ではなく、実は煮物料理の椀のことなんですよ。
汁が少なめで、大ぶりの椀に具をたくさん盛って召し上がる、というスタイルの料理のことなんです。

(松島)てっきり私は、汁物だと思っていたのですが煮物なんですね(笑)。
では、椀さしも献立を考えるときの条件のひとつですか?
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(八木)もちろんです。椀の蓋を開けた時の季節感だとか、刺身の鮮度といったことをいかにお客様にわかって頂けるか。また、前後の料理に何を用意すれば、バランスがとれるか…など、これが献立を考える時の第1条件です。 ちなみに、今の季節だったら蓋を開けた時に柚子の香りがするのが本来ですね。 photo
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(松島)季節感のあるお料理を頂くのは、まさに食の醍醐味ですよね。私自身も大切なことだと思います。それにしてもマグロのお刺身、とてもおいしく頂きました。

(八木)
マグロにも地方で好みが違うのをご存知ですか?

(松島)そうだったんですか!?

(八木)例えば、東京の人は本マグロ(南マグロ)を好んで食べているんですが、ここ静岡では脂の繊維の細かいインドマグロが好まれているんですよ。
 
(松島)同じマグロでも地域によってお客様の好みが分かれてるんですね。やはりご自分で市場に足をお運びになるんですか?
 
(八木)私は市場には行かず、市場に出入りしている小売業者さんから仕入れえをしているんですよ。

(松島)そうだったんですね。では、業者の方とよくお話をされて素材を吟味されていらっしゃることと思いますが、料理を作る過程で気を遣われていることはどんなことですか?

(八木)もちろん、素材を殺さないようにすることです。
例えば、同じエビでも生でお出しする時とは別に、蒸したり火を入れる時がありますよね?その時に完全に火を入れるのではなく、エビ自体はミディアムになるような調理の仕方をしたり、煮る場合も中は温かく身の方には火が通っていない程度に仕上げるんです。そうすることによって、火を入れたとしてもエビ本来のおいしさはそのままにお召しがることができるんです。

(松島)今おっしゃったように、本日頂いたエビは、中が生っぽくてエビそのものの、ぷりぷり感があって非常に美味しかったです。

(八木)ありがとうございます。我々はお芝居の世界に例えますと、俳優ではなく演出家や監督の役割をする立場だと思っております。ですから料理をひとつ作るだけの満足ではなく、それをどのような手法でより一層おいしさを引き出すか、またお客様にどうお出しするかという部分に拘らなければ、本当の満足を提供できないと思っています。
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photo (松島)とてもわかりやすい例えですね。

(八木)…(笑)。
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(松島)お料理の最後に頂いた、とろろ汁というのは、ここ丸子の名物なんですか?

(八木)そうです。でも、丸子の名物というよりも、もともとは江戸時代に農家の方が食していたものなんですよ。
日本も食とは昔、1日2食だったんです。その頃のお役人さんが奉行所にお弁当を持って行ったのが1日3食の成り立ちなんです。それを農家の人たちが真似をして近くにあった、山芋を朝残った味噌汁でのばして昼に食べたというのがこの地方で食べられるとろろ汁のはじまりです。

(松島)では、昔はとろろ汁の中にサツマイモやジャガイモといった具がぷかぷか浮かんでいたものをご飯にかけて召し上がっていたんですか?

(八木)そういうことになりますね(笑)。
今では具の入っていない味噌汁でのばしたものを麦ご飯にかけて召し上がるというのがこの地方での特色ですね。

(松島)待月楼さんではとろろ汁を最後のしめという形でお出しになっていますが、これは一般的に言われているコース料理とはまた違う気がするのですが…。
 
(八木)そうですね。ここ(待月楼)では、最後にとろろ汁をお出しすることになっているので、コースの中で椀の次くらいにおしのぎという形で…。
でも、秋にはマツタケなどを使って季節のご飯ものをほんの少しご用意することもやっています。
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(松島)メニューはひと月に何回ほど変えられるのですか?

(八木)
2回ほどですね。

(松島)メニューを考えるのに結構時間はかかるんですか?
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(八木)メニューを考えること自体にはそれほど時間はかからないんですが、作りたいものの、材料が揃うかどうか、またその時の素材によっても若干変ってくるものですから…。お客様のなかには料理を食べる前に献立を出してほしいとおっしゃる方もおられますが、料理している間にその書いた献立とは違うものになってしまうこともあるんです。料理を作っている過程でこっちのお料理をお出しした方がいいと考えを改めたり。献立通りではなくとも、お客様に最高の料理を提供することも料理人としてのポリシーですよね。

(松島)それはまさに料理人としてのポリシーですよね。

(八木)
はい。私はお客様に「おいしかったよ」ではなく、「よかったよ」といわれることを目標にしているんです。

(松島)なるほど。では、「おいしかったよ」と「よかったよ」の違いは何具体的には何でしょうか?

(八木))「おいしかったよ」というのは、つまりお料理のみに対する表現なんですよね。それとは逆に「よかったよ」というのは、お客様が玄関を入られてから最後にお店を出られるまでの空間がよかった。という事だと私自身は思っているので、その空間をどのように楽しいものに作り上げていくかという事を重点にしております。しかし、全部が完璧に行き届いているわけではないので、これからも追いかけ続ける終わりの無い課題ですね。

(松島)玄関に入ってからお帰りになるまでをひと空間として、お料理からサービスまで全部含めて「よかったよ」といわれるのが一番ということですね。

(八木)はい。料理はあくまで1つのジャンルであって、私達が目指す空間とは、料理と
サービスがトータル的に高度なバランスを保つことにあるんです。
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photo (松島)あぁ。そうですね。そういえば、お玄関はお香でとてもいい香りがしていましたよね。香りの演出というのもほっと心が和みますよね。
お香というものは炊いたときよりも時間がたってからの方がいいんですよね。それに、あえて客室では炊かれていないという心遣いも感じました。

(八木)ありがとうございます。
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(松島)八木さんは、普段もこのようにお客様のお部屋へ足を運ばれてお話するのですか?

(八木)部屋へ行くことは全くしないですね。「呼んできてくれ」とおっしゃるお客様もおられますが、そういう方には 「お帰りの際にご挨拶致します」とお伝えします。
カウンターのお店ですと、お客様と向かい合わせでお話しをするのがひとつの接点ですが、うち(待月楼)は料理屋というスタイルでやっているので料理を運ぶ女性を通して、お客様がどのような反応をしているかなど、コミュニケーションをとっています。

(松島)それもひとつのポリシーだと思うのですが、なぜお客様のまえに顔をお出しにならないのですか?

(八木)それは、簡単なことです。お客様がひとつの部屋という空間の中で楽しく会食していらっしゃる時に我々が入ってしまうと、その時点でその空間というものが崩れてしまうんです。そうなると、お客様も我々に気を遣ってしまいますし、我々もひとつの流れを止めてしまうのではないかということを配慮し、お食事されているときは顔を出さないことにしております。

(松島)そういう訳なんですね。お客様に充分に満足して頂くために、しっかりとした考えもお持ちになっていらっしゃるんですね。ちなみに、ここ待月楼には外国のお客様もお見えになりますよね?

(八木)
もちろんです。

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(松島)そのときにお困りになることは何かありますか?例えば、やはり外国人の方ですと「ナイフとフォークを出してほしい」とか(笑)。

(八木)日本はそもそも箸を使った漆の国です。ですからその文化を大切にしていただきたいので、お箸を使えない方も多いのですが、ナイフとフォークをお出しするのは、あえてお断りしているんです。逆に我々が海外旅行に行った時に箸を出してほしいとお願いするとしますよね?そうすると、相手側は箸を出してくれると思いますか?
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(松島)そうですよね。普通は、お箸なんて出してくれないですよね(笑)。

(八木)そう。それと同じことなんです。
外国人の方だけでなく、日本の方も日本料理を食することでもっと日本の文化というものをより深く知っていただけると嬉しいですね。
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photo (松島)そうですよねぇ。日本料理は日本の文化のひとつですから、もっと大切にしなくてはいけませんよね。本日はありがとうございました。普段は聞けないとてもいいお話がきけました。

(八木)こちらこそ。ありがとうございました。
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