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おさかな天国
平成3年に全国漁業協同組合連合会(全魚連)中央シーフードセンターが制作。スーパーや小売店の店頭で流され話題となる。魚の名前を盛り込んだユニークな歌詞に元ジューシィ・フルーツのギターリスト柴矢俊彦が作曲、歌は奥様の柴矢裕美さん。 |
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泳げたいやきくん
フジテレビの「ひらけポンキッキ」の挿入歌として昭和50年に子門真人が歌って453万6000枚の大ブレークを記録。哀愁を帯びた曲調とたいやきくんの人生にサラリーマンの悲哀を重ねる中高年にも大ヒット。 |
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背くらべ
静岡県出身の海野厚が大正八年頃に作詞したとされ、大正十二年五月に白眉出版『子供達の歌』第三集で発表。作詞者の母校、静岡県西豊田小学校などに歌碑が建立されている。 |
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茶摘
明治四十五年三月「尋常小学唱歌」第三学年用として発表。作詞作曲者は不詳だが、日本一の茶所と言われる静岡では県のテーマソングの様に扱われることが多い。せっせっせの手遊び等を通して子ども達に浸透したとされる。 |
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やさしいお母様
静岡県出身の作詞家稲穂雅巳の作品。戦局の悪化が著しかった昭和十年代後半頃に童謡作曲家・海沼實が作曲し発表。昭和十八年の唱歌コンクールでは音羽ゆりかご会の大道真弓がこの曲で一位を受賞、以後同会は東京放送児童合唱団として活動する。 |
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汽車ポッポ
静岡県出身の冨原(フハラ)薫が作詞した作品で、昭和十三年の発表当時は「兵隊さんの汽車」。後に「お花の兵隊さん」と改題され、戦後になって現在の形に改作された。イントロはシューベルトの「軍隊行進曲」をモティーフとして草川信が作曲。 |
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みかんの花咲く丘
静岡県伊東市と東京を結ぶ、初の二元放送「空の劇場」のテーマソングとして発表。静岡県出身の加藤省吾が、作曲者海沼實の意向に添って作詞。ヴェルディーの「椿姫」の一節をモティーフとして、平和なイメージを大切にしながら作曲したとされる。 |
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故郷(ふるさと)
高野辰之、岡野貞一コンビの代表的文部省唱歌。大正3年の尋常小学唱歌に掲載されて以来、日本人の心の歌として著名な作品。 |
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紅葉(もみじ)
明治44年尋常小学唱歌第二学年用として発表。高野・岡野コンビの作品。歌詞内容の難しさの割には、戦後も多く愛唱されている。 |
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スキー
昭和18年2月国民学校初等科第六学年用として発表。戦時下でもあったので軽快な作品。時雨音羽作詞、平井康三郎作曲。 |
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お猿のかごや
長野県出身の作曲家海沼實と、彼を慕う同郷の作詞家山上武夫による初期のコンビ作品。手遊び等でも有名 |
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とんがり帽子
JOAKラジオドラマ「鐘の鳴る丘」の主題歌。戦災孤児の共同生活がテーマで、多くの被災者を励ました。 |
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見てござる
昭和20年10月に戦災を受けた子ども達を励ます意味で作られた作品。わらべ歌風の曲調が、絶大な人気を誇った。 |
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浜辺の歌
林古渓作詞の唱歌。原作は四節からなる作品であったが編集の際に、勝手に三節までに改められてしまった受難の作品。 |
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夕焼小焼(ゆうやけこやけ)
大正8年「あたらしい童謡」で発表。作詞者の中村雨紅は、神社宮司の子で、八王子の宮尾神社などに歌碑もある。 |
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ウミ
昭和16年3月に「ウタノホン」(上)に学校唱歌の教材として発表。作詞は林柳波、作曲は井上武士。国民学校初等科一年の教材曲だった。 |
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赤蜻蛉(あかとんぼ)
大正10年8月に三木露風の詩が発表。昭和2年に山田耕筰が作曲した時には、既に歌詞内容も発表時とは異なっていた。 |
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七つの子
野口雨情、本居長世コンビの代表作。歌詞の「七つ」は単なる語呂合わせで、特別な意味を持たないと本人の解説にある。 |
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お山の杉の子
戦中の昭和19年頃に愛唱されたが、戦後も歌詞を改めて唄われた。時代を超えて大衆に支持された作品。 |
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村祭
明治45年3月尋常小学唱歌に掲載。作詞作曲者不詳とされていたが、近年になり、葛原しげる作詞、南能衛作曲と判明した。 |
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